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無償の愛と自己犠牲の愛の違いについて


◆「愛には犠牲がつきもの」こんな思い込みはありませんか?


 

 

クライアントさんとのお話の中で

無償の愛と自己犠牲の愛の違いが分からない。

好きなら相手を支えるものではないかと思うけど、その自分にも疲れてしまう」

 

と言う疑問とお悩みがありましたので

私なりに考えてみました。

良かったら参考にされてみてください(^^)

 

 

この違いが分からないとおっしゃる方は

共依存傾向に多く

自己犠牲的な恋愛や人間関係を築きやすい特徴があります。

 

 

分からない状態になるのは、

自己犠牲こそが無償の愛

愛には犠牲が伴うもの。このような思いがあるからだと思うんですよね。

 

 

自分を犠牲にしてまで相手に尽くしたい思いは、素晴らしいものでもありますが

 

 

 自分を犠牲にして相手に尽くすと言うことは、

「誰かの幸せのために、自分が不幸になっている」状態ですよね

 

 

自分が不幸になってでも相手を支える事が、

無償の愛なのか?となると、なんか違う感じもしませんか?(^^;)

 

 

逆の立場ならどうでしょう〜

 

自分の愛する人が、

自分のために不幸になってる姿を見て

嬉しいでしょうか?

 

自分を犠牲にして

尽くてくれてる姿を見たら

素直に喜べるでしょうか?

 

心配になったり、

申し訳ないなと思ったり、

どこか痛々しく感じないですか?

 

 

それに本当にそれだけが相手の幸せとも限らないわけですよね。

 

 

そもそも

なぜ自分を犠牲にしてまで、

自分を不幸にしてまで

相手に無償の愛を与える必要があるのか?

 

そうしないと、

相手は不幸になってしまうのか?


そうしないと、

自分は愛されなくなるのでしょうか?

 

 


そこまでする必要があるのは、自分が犠牲を払う事で「見返り」を求めているのかも?


 

 

あなたが仮に見返りを求めているとしたら、

どんな見返りだと思いますか?

     

よくある例を挙げると

 

・感謝されたい

・自分をもっと好きになってもらいたい

・自分を必要としてほしい

・自分のことを見てほしい

・自分の存在を認めてほしい

 

などがありますが、実は自分のためにやっていることなんですよね。

 

 

要するに。。

 

愛情という報酬

自己価値を高められる自分へのメリットがあるから


犠牲を払ってでも、相手に尽くそうとするのです。

 

     


「無償の愛」とはどんな愛?


 

無償の愛の意味とは、

<一切の見返りを求めない無条件な愛>

ですから

 

 

見返りの愛の場合

「私をみて〜」「私を必要として〜」

という裏のメッセージが込められているので

 

 

相手からすると、

これはなんか裏があるぞと、

素直に届きにくいんですよね。

 

 

無償の愛を例えるなら

ペットのお世話をしてあげても

「私ばっかりお世話して!」とか

「私がやってあげても感謝すらしない!」とか思いにくいですよね。

 

(例外な人間を除けば。。)

 これが無償の愛に近いように感じます

 

 

そして無償の愛なら

例え感謝をされなかったとしても、

「自分がしてあげたいからする」

この気持ちで自分も満たされるはずなんですよね。

 

 

自己犠牲と無償の愛が分からない方は

相手だけじゃなく、

自分も満たされているか?


ここも判断基準として

確認されてみてください(^^)

 

 

でも共依存が強い状態の人からすると、

相手のために生きる事、相手の気持ちを優先することが当たり前になっていて、

いざ自分を満すとなると、戸惑いや引き目を感じてしまうこともあるんですよね



そういった方は

相手と同じ量くらい自分も幸せにする

こう捉えてみたらいかがでしょうか(^^)



自分のための幸せ、

自分の気持ちを尊重することも選択肢の一つとして過ごせていますか?




〈自分の幸せ〉が相手の幸せに、軌道修正しましょう


 

共依存の人は

相手の幸せが自分の幸せになりがちですから

自分も相手と同じように

幸せにすることを心がけてみましょう。

 


それにはまずは

自分が幸せになること、

自分から幸せにしてあげる事です。

 

 

何故かと言うと、

例えば職場や家の中に

ネガティブな発言ばかりの人

不幸そうにしている人

不機嫌な人がいたら

自分まで気分悪くなりますよね(^^;)

 

 

それと同じで

幸せも伝染するんです♪

 

 

自分が幸せなだけで

相手まで嬉しくなったり、

居心地いいなぁ〜って

思うものなんですよね(^^)

 



それでも自己犠牲の愛から抜け出せない人、自分を幸せにすることに抵抗がある人は、根本的な原因が幼少期にある可能性があります。


 

 

幼少期の頃の自分や、自分の居場所となっていた役割を思い出してみてください。

 

 

例えば。。

 

当時のお父さん、お母さん、きょうだい

祖父母や養育者などに対して

今の自分と同じ自分はいなかったですか?

 

お母さんの役に立つ事、

両親の期待に応えることで

自分の価値を認める事が出来た

 

自分よりもお母さんの気持ちを優先する事で、お母さんが喜んでくれた

 

など、自己犠牲的な生き方をする事で、

ポジティブな反応を得らた経験はなかったでしょうか。

 

 

もし心当たりがある人は、

当時は何らかの理由で仕方なかったとしても



当時の自分は、本当に自己犠牲的な生き方を望んでいたのでしょうか?

 

     

子供の立場として考えたら

 

 

お母さんの気持ちよりも、自分の気持ちを先に聞いて欲しかったと思うんですよね

 

 

自分が我慢しなくても

可愛いね、大好きだよって

褒めて欲しかったと思うんですよね

 

 

親の期待になる自分ではなく

ありのままの自分を認めて欲しかったと思うんですよね

 

 

でも自己犠牲的な生き方をする人は、

自分を犠牲にしないと得られない

そう思い込んでしまったのかもしれません

     

 

過去にそう学んでしまった事から

大人になった今も

無意識に同じ方法で、現在の恋愛相手から得ようとしてしまうのです。

 

 

自己犠牲的な恋愛や生き方から抜け出すには、

投影している現在の人間からではなく

過去の子供の自分が得たかった存在から満たしてもらう必要があります。

 

 

その方法が、

インナーチャイルドを満たすことです。

 

 

自己犠牲的な恋愛から抜け出したい方は、

ご相談くださいね(^^)

 


 


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