他人が怒っていたり、イライラしていると、自分が怒らせたように感じてソワソワしてしまう人へ

 

彼氏、友達、職場の同僚や上司

人との関わりで 本当は「ノー」と言いたいのに、

 

 

その場になると

「イエス」と言って 後になって

じわじわ後悔したり

相手の問題や悩みなのに

 

 

自分の問題のように考え

気づいたら相手の代わりに考えようと

必死に解決しようしていた こういったことはありませんか?

 

 

これは「共依存」の人に多い

傾向なのですが

 

 

相手の問題を 自分の問題と混ぜて

捉えてしまうクセがありますから

一人で背負い込み過ぎてしまうところがあります。。

 

 

心理学で言うと

人と自分の間には 見えない境界線があるのですが

 

 

(自分を守る線、相手も自分を守る線)

 

 

境界線があいまいだと

どういったことが起こるのかというと

例えば 職場でイライラしてる上司がいると

 

 

「私が何か怒らせたのかも」

「私が何か悪いことをしたのかも」

 

 

反射的に

自分が原因だから怒らせたと 捉えます

 

 

または 友達に愚痴を聞いてもらい、

「私には少し話が重いかも…」 「疲れた…」

 

 

こう言われたとすると

喜んで聞いてくれるどころか 否定の言葉に反応し

 

 

「私を知ると、どうせ人は離れてく」

「私がダメな人間だからだ」と

 

 

自分の存在価値そのものを否定されたり

攻撃されたように受け取ってしまう傾向があります。

 

 

事実はどうでしょう?

 

 

職場の上司の場合・・

近くに誰がいても イライラしているかもしれませんし

ご機嫌をうかがって接しても

上司を怒らせない正解はないかもしれませんよね。

 

 

お友達の場合・・

話の内容が深刻そうだから

自分には辛いなと感じたのか、

 

 

2時間、愚痴を聞いたことに

疲れたと感じたのかもしれませんよね^^

 

 

境界線を引けるようになると

どんな自分になれるか??

 

 

たとえば 他人が怒っていて

自分が怒らせたと思ったとしても

本当に自分が悪かったのか?

 

 

冷静に「事実」を確認することができたり

思い当たるとこがないなら

相手の問題とほっとくことが 出来るようになります。

 

 

友達が「疲れた」と言ったとしたら、

それは相手の感情と捉え直せる。 友達が怒って、

「話が重い!」と言ったとしたら、

その怒りは友達の問題と捉え直せる。

 

 

友達が怒りを感じるのは自由ですが、

感情的に怒りを他人にぶつけるのは、

相手の内側の問題です。

 

 

怒りをぶつける前に

優しく断ればいいのですから^^;

 

 

たとえイジワルで、

相手が言ったとしても、

自分の価値は 自分自身で決めること。

 

 

他人に否定されたとしても

自分の価値は何も変わらない。

 

 

慣れないうちは、

ドライに感じるかもしれませんが、

もし無理と感じたら、

 

 

<相手の存在を否定>するわけではありませんから、「相手の言葉が無理」それでいいんですよね〜〜

 

 

ポイントは ・・

 

人の問題、感情、評価

自分の問題、感情、評価 ここを絡めないで、

自分と他人は分けて捉える。

 

 と、いいと思います。

 

 

人間関係を楽にしたい方はご相談ください。